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横浜地方裁判所 昭和56年(モ)1423号

主文

本件申立てを却下する。

理由

第一  本件申立ての趣旨及び理由は別紙一「証拠保全申立書」記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は別紙二「証拠保全申立書に対する意見書」記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  文書提出命令の申立てについて

1  本件関係資料を総合すると、申立人が提出を求めている別紙一「証拠保全申立書」第一、二記載文書(以下「本件文書」という)は、相手方が同申立書第一、三、1、2記載の医療機関(以下「本件医療機関」という)で診療を受けた際に作成された診療録等であること、申立人と相手方との間に雇傭契約関係があったが、申立人が相手方を解雇したため、訴訟(当裁判所昭和四九年(ワ)第一六〇四号解雇無効確認等請求事件)が係属していること、同事件において、右解雇原因に関連する相手方の疾病が申立人の業務に起因して発生したものであるか否かが争われていること、以上の事実が一応認められる。

2  ところで、申立人は、民事訴訟法第三一二条第三号に依拠して、本件文書の提出を求めているので、以下検討する。

(一) 同号前段の「挙証者の利益のために作成」された文書とは、挙証者の法的地位や権限を直接に証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書(いわゆる実体上の利益を有する文書)を指し、単に、挙証者において訴訟上の争点に関連して自己に有利な結果をもたらすと予想される文書(いわゆる訴訟上の利益を有する文書)は含まれないものと解するのが相当であるところ、前記1記載のように、申立人は本件医療機関において診療を受けた相手方の雇主であったにすぎないのであるから、本件文書が申立人の法的地位ないし権限を直接に証明し、これを基礎づける目的で作成されたものとはいえないことが明白である。従って、本件文書が同号前段の文書に該当するものとは認め難い。

(二) 同号後段の文書は、「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成」されたものであることを要するところ、本件文書が、本件医療機関と申立人との間の法律関係ないし法律関係を構成する事項につき作成されたものといいえないこともまた明白であるから、従って、本件文書が同号後段の文書に該当するものとは認め難い。

3  以上によれば、本件文書は民事訴訟法第三一二条第三号所定の文書に該当しないから、相手方主張のその余の点につき検討するまでもなく、申立人の本件文書提出命令の申立ては失当といわなければならない。

二  検証の申立てについて

申立人は、予備的に、本件文書につき検証の申立てをするが、申立人は、本件文書により本件医療機関における相手方の治療経過、症状の変化、検査内容とその結果等その記載された意味内容を証拠資料とする証拠調を求めているものであり、本件文書の存在、形状、性質等を問題としているものではないことはその主張自体に照らして明らかなところ、このような場合、文書の証拠調は検証の手続によるべきではなく、書証としての取調方法によるのが相当と解される(もし、検証の手続によることもできると解すると、文書の提出義務につき民事訴訟法第三一二条等によってその具体的範囲が定められているにも拘らず、検証であるが故に文書の所持者が一般的受忍義務を負担することになり、提出義務のない文書についてまで証拠調ができることになって不合理である)ので、本件検証の申立ても失当といわなければならない。

三  よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 吉崎直弥 裁判官 嘉村孝)

(別紙一) 証拠保全申立書

第一 文書提出命令の申立

原告相手方、被告申立人間の昭和四九年(ワ)第一六〇四号解雇無効確認等請求事件について証拠保全のため左記文書所持者に左記文書の提出を命ぜられたく申立てます。

一 証すべき事実

相手方小野隆は継続的に、証人である今井重信医師の診断を受け、同医師が勤務先病院を変るにつれ病院を変更している。

今井医師は小野隆を職業性腰痛と診断しているが、今井医師は診断の公正さにおいて疑義あらしめる事象が見受けられ、本件においても小野隆を職業性腰痛と診断したことについて大きな疑義の存するところである。

二 提出を求める文書の表示

小野隆に関する診療録、レントゲン写真および附属書類一切

三 文書の所持者

1 東京都文京区本郷七丁目三番一号東京大学医学部附属病院

病院長 三島済一

2 川崎市幸区都町三九の一

医療法人財団石心会 川崎幸病院

理事長 石井暎禧

四 文書提出義務の原因

民事訴訟法第三一二条第三号

五 保全の理由

診療録は医師法第二四条第二項により保存期間五年とされているところ、既に法定保存期間をすぎており、緊急かつ継続的に廃棄されている状況にあるから証拠保全の要件である一時的緊急性を充足する状態にある。

本法廷において今井医師が小野隆の症状を職業病である旨証言しているが、それらの診療経過や治療記録は診療録に明らかであるし、本件にあって職業病か否かが重要な争点の一つであるので右診療録を証拠保全する必要がある。

なお、小野隆は診療録がプライバシーにかかる旨述べ、文書の取寄に反対しこれを阻止しているが、小野隆自ら腰痛症状とそれの業務起因性を主張し、これを請求原因の一つとして損害賠償訴訟をも提起し、主治医の今井医師を証人として申請しているのであって、本件については診療録を提出せしめても医師や病院に守秘義務違反やプライバシー侵害の問題は生じないといわなくてはならない。

以上の如く、本件にとって重要な証拠であり、今井証人の証言の客観性の存否についても重要証拠である診療録や附属書類は、廃棄寸前の状態にあり、一旦廃棄された場合真実発見につき回復し難い損害を蒙るため本申立に及んだ次第である。

第二 検証の申出(予備的申出)

前記文書提出命令の申立が認められない場合、証拠保全のため予備的に第一の三記載の病院に臨み、第一の二記載文書について、提示を命ずるとともに、その枚数、記載の概要、主治医名、診療回数等を検証することを求める。

一 証すべき事実及び保全の理由は、第一記載と同旨である。

(別紙二) 証拠保全申立書に対する意見書

相手方は申立人の証拠保全申立書に対し次のとおり意見を述べる。

一 申立には証すべき事実が欠如している。

申立人が証すべき事実としてあげるのは要約すれば今井医師が職業性腰痛と診断したことについて大きな疑義の存することとなるが、これは民訴法三二三条の要求する「証すべき事実」たりえない。このことは民訴法三一六条以下の文書不提出の効果をみても明らかである(なお東京高決昭四七・五・二二判時六六八・一九参照)。

またカルテに申立人のいう「証すべき事実」との関係でいったいどのような記載があるかということすら明らかにされておらず、申立人の申立は証拠探知のための申立ないしはカルテの細かな記載を理由として訴訟遅延をはかるための申立であることは明らかであり却下さるべきである。

二 証拠保全にかかる文書は民訴法三一二条三号の文書にあたらない。

カルテ等は申立人との法律関係に基づき作成された文書でないことはいうまでもないが申立人の利益のために作成された文書でもない。

挙証者の利益のために作成された文書とはその文書の性質として挙証者の地位や権利・権限を直接証明する目的でなされたものであることが必要である(福岡高決昭四八・二・一判時七〇一・八三、兼子条解民事訴訟法等)。

カルテの作成目的は診療経過を記録し、診療行為に資することによって医師と患者のそれぞれにとって診療行為の適正さを確保することにあることはいうまでもなく、いたずらに患者以外の第三者に紛争の証拠とすることを認めることになれば、患者は医師に自己の疾病について正しく告知することをさしひかえたり(一般に病気をしている事実すら患者にとってははずかしいことであり、その内容について他人に知らしめたくないことである)することになり医師と患者との信頼関係が破壊されるだけでなく適正な診療を確保することができなくなるのである。

なお、申立人はスモン訴訟に関する福岡高決をあげるがその後大阪高決昭五三・五・一七(高民集三一・二・一八七、判時九〇四・七二)が否定判断をなしていること、例えば東京スモン訴訟等においてカルテは法廷に出されていないこと等を全く無視するものである(さらにいえばスモン事件においては医師の診療行為(投薬事実)自体が争点になっているが本件にはそのような関係すらない)。

民訴法が弁論主義を基本構造とし、証拠方法の提出についても、随時提出主義をとって、当事者に証拠を提出する自由と提出しない自由を原則的に承認していること、民訴法三一二条はその原則の例外として限定的に認めているにすぎぬことを考えるとき、本件文書のような場合まで同条三号に該当するとは考えられぬことはいうまでもない。

なお申立人は相手方が従事していた業務において使用されていた切図の提出すら拒み、また被告の不就労届(不就労理由が腰痛であることがわかる)についても廃棄したと主張し、自らの不利益な証拠についての提出を避け、相手方に対してだけ証すべき事実も明らかにせずやみくもにカルテの提出を求めているのであり申立人の申立目的が証拠探知や訴訟遅延の目的であることが十分窺えることに注意されねばならない。

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